寺田屋事件が起こった後隠れ家として京都にある醤油商近江屋の
裏庭に密室を作ったそうです。脱出ルートも整えており策を練っていたみたいです
同志の中岡慎太郎と共に近江屋の母屋の2階に行き
温まっていたそうです。別の仲間も加わり話に花が咲いてきた所で
「食事でもしよう」と言う事になり、その中の1人が材料を買いに
その後、帰る人も出てきて部屋の中は龍馬、中岡慎太郎
護衛の藤吉の3人になりました。
その後に十津川郷士と名乗る数名の男が
近江屋の母屋に乱入し、先ず部屋まで案内しようとした
護衛の藤吉を背後から斬り付けて殺害したようです。
藤吉が殺害されて倒れた音を聞いて、外でふざけているのだなと
勘違いした龍馬は完全に気を抜いていたと思います。
そこに男が2人乱入してきて龍馬の額を斬ったと言います。
この時に出た血がかかった掛け軸は今でも残されているそうです。
その後に中岡も斬られ、2人とも数カ所斬られました。
龍馬は息絶えたみたいですが、後に残った中岡は
重傷ながらも暗殺時の状況を土佐藩士に伝え
2日後位に息絶えた様です。
その翌月に「王政復古の大号令」が発令されて
新しい日本が誕生するのでした
坂本龍馬は死ぬ間際「残念、残念」と呟いていたそうです
殺害された日は龍馬の誕生日、これが命日となってしまいます
こういう事ってあるのでしょうか?
天が決めた事なのでしょうか・・
日本の為に短い生涯の間に生き抜いた龍馬に感銘をうけます
