龍馬伝第5話「黒船と剣」あらすじと史実|龍馬はなぜ剣に迷ったのか

黒船が浦賀沖に現れ高台から船を見つめる幕末の青年を描いた和紙調オリジナルイラスト 龍馬伝 各話のあらすじ
龍馬伝第5話の黒船来航場面に着想を得た創作イラスト。歴史的な場面の厳密な再現ではありません

NHK大河ドラマ『龍馬伝』第5話「黒船と剣」は、2010年1月31日に放送されました。ペリーの黒船を目の当たりにした龍馬が、西洋の軍艦に刀で立ち向かえるのかと疑問を抱き、千葉道場での修業の意味さえ見失ってしまう回です。桂小五郎との出会い、千葉佐那の心配、師匠・千葉定吉との衝突をたどりながら、1853年の黒船来航という史実とドラマの脚色を分けて考えます。強さとは何か、努力してきた道を疑ったときどうすればよいのか。龍馬の生き方にもつながるテーマです。

第5話「黒船と剣」の基本情報と見どころ

第5話の正式タイトルは「黒船と剣」で、放送日は2010年1月31日。福山雅治さんが坂本龍馬、谷原章介さんが桂小五郎、貫地谷しほりさんが千葉佐那、里見浩太朗さんが千葉定吉を演じています。岩崎弥太郎役は香川照之さん、武市半平太役は大森南朋さん。放送ライブラリーにもこの回の制作・出演情報が保存されています。前回の第4話「江戸の鬼小町」では、江戸の千葉道場で佐那に剣の実力を思い知らされた龍馬。今回は、剣の腕を上げることだけでは答えられない問題に向き合います。舞台が道場から江戸湾へ広がり、個人の修業と国の行方が重なる回です。

あらすじ前半 ペリー来航と江戸湾の警備

ペリー率いる米国艦隊が浦賀沖に現れ、幕府は各藩に沿岸警備を命じます。龍馬も土佐藩の一員として海岸警備に駆り出されます。国の危機に備える武士たちのなかには、長らく戦を経験しておらず、鎧の扱いにも不慣れな者がいます。ドラマのこうした姿は、幕末の武士が直面した変化を分かりやすく描くための演出でもあります。幕府と諸藩にとって、これまでの備えが通じるかどうかさえ分からない事態でした。異国の船の力を確かめたい龍馬は、命じられた警備の持ち場から離れ、黒船を見に行こうとします。この行動自体はドラマ上の出来事として理解する必要があります。

桂小五郎と黒船を見に行く龍馬

龍馬は途中で桂小五郎と行動をともにし、浦賀沖の黒船を間近に見ます。大きな船体、蒸気の力、遠距離から砲撃できる武装。剣術の稽古だけでは想像できない軍事力を知ったことが、龍馬を動揺させます。ドラマで桂は、龍馬と同じく日本のこれからに思いを巡らす人物として描かれます。しかし、二人が同じ時刻にこの場所へ行き、どのような会話をしたかまで史料で確定できるわけではありません。ここは作品が二人の視野の広がりを示すために組み立てた場面として受け止めるとよいでしょう。重要なのは船の大きさそのものより、今まで頼ってきた判断の基準が通用しないと気づく体験です。

黒船はなぜ日本へ来たのか

1853年の黒船来航に着想を得た海岸警備の武士たちと西洋軍艦の創作イラスト
黒船の来航に直面した人々の驚きと警戒を描く創作イメージ

国立公文書館によれば、アメリカは中国との貿易や太平洋航路の拡大を見据え、蒸気船が燃料を補給できる中継地を必要としていました。日本近海で活動する船の安全を確保したい事情もあり、ペリーは交渉のため派遣されました。つまり、黒船は単に日本を驚かせるために現れたのではなく、当時の世界規模の交通・通商・軍事の動きと結びついていました。幕府の側から見れば、従来の外交手続きで対応しようとしても、ペリーは長崎での交渉という提案を受け入れず、浦賀での国書受領を強く要求します。龍馬が理解しようとしていたのは、船一隻の力というより、背後にある世界の仕組みの違いだったとも読めます。

史実の1853年 来航したのは黒船4隻

1853年7月8日、旧暦では嘉永6年6月3日、ペリーの艦隊4隻が浦賀沖に現れました。国立公文書館が挙げる船名はサスケハナ、ミシシッピー、プリマス、サラトガです。国立国会図書館のレファレンス協同データベースでも、蒸気フリゲート2隻と帆装スループ2隻だったことが紹介されています。すべて同じ仕組みの蒸気船だったわけではありません。幕府は対応を迫られ、同年7月14日に久里浜で米国大統領フィルモアの国書を受け取ります。この時点で日本が直ちにすべての港を開いたという意味ではなく、翌1854年の再来航と日米和親条約へ続いていく出発点です。ドラマの緊迫した場面を、この年代の流れの中に置くと理解しやすくなります。

千葉道場に戻った龍馬が抱えた疑問

黒船を見た龍馬は、剣で戦っても西洋の大砲には対抗できないのではないか、と考え始めます。つい先日まで江戸へ修業に行くことを人生の大きな目標にしていたのに、その目標の意味そのものが揺らいでしまうのです。これは怠けたいから稽古を嫌になった、という単純な話ではありません。努力の先にある目的を改めて問い始めた姿と受け取れます。ただし、近代兵器が現れたから剣術や白兵戦がすべて無意味になったという結論も正確ではありません。武術の技量は個人の訓練や護身にも関わる一方、軍艦を防ぐ戦略には異なる技術・組織・外交が必要だった、という区別が大切です。

千葉佐那の心配と師匠・千葉定吉との衝突

変化に戸惑う龍馬を、佐那は心配します。剣に打ち込み、道場の家族として育ってきた佐那には、龍馬の疑問がこれまでの修業や父の教えを否定するように聞こえたのかもしれません。佐那は言葉を慎むよう忠告しますが、龍馬は師匠・千葉定吉の前で、黒船に対して剣が役立たないのではないかという趣旨を口にします。その結果、道場を追い出されてしまいます。この衝突は、師匠が単に古い考えの持ち主だから起きたと見るだけでは足りません。自分の人生をかけて築いた道の価値を、弟子が突然問い直したらどう感じるか。立場を変えて考えると、定吉の厳しさにも背景が見えてきます。

土佐の武市と弥太郎 黒船への受け止め方の違い

浦賀沖の大型西洋軍艦を見つめる江戸時代の青年武士と沿岸の人々の創作イラスト
黒船を前に、自分の強さを問い直す龍馬の心情に着想を得た創作画

黒船来航は江戸だけの出来事ではありません。土佐にいる武市半平太や岩崎弥太郎も、日本はどうするべきかを考え、藩に意見を出そうとします。ドラマでは武市の意見が評価され、弥太郎は自分の思いを認めてもらう難しさに向き合います。同じ情報を知っても、人はそれぞれ違う反応を見せます。剣を鍛える人、対外政策を考える人、学問や文章で力を示そうとする人。どの立場が正しいかを、作品を見ただけで決めつけるのは早いでしょう。また、意見書の細かな内容や人物同士の会話はドラマの脚色が含まれるため、実際の記録と混同せずに読みたい部分です。

史実の龍馬も本当に剣を捨てたのか

ここで史実とドラマの違いがはっきり現れます。高知県立坂本龍馬記念館の解説によると、龍馬は1853年3月に土佐を出て、江戸の千葉定吉道場に入門し、同年の黒船来航時には品川の沿岸警備に動員されました。さらにその頃、父・八平への手紙には、戦争になれば異国人を討ち取って帰るという強い攘夷の意思を表す内容が記されています。つまり、黒船を見たその瞬間に剣術を無意味だと悟り、ただちに開国論へ転じた、と史実から断定することはできません。ドラマは龍馬の後年の変化を予感させるように、早い段階で迷いを強調していると考えられます。

龍馬の考えはどのように変わっていったのか

幕末の龍馬を理解するには、一つの場面で思想が完成したと考えないことが大切です。龍馬記念館は、青年期に攘夷の意識を示しながら、後に勝海舟らとの関わりを経て世界へ目を向けていった歩みを紹介しています。政治的な考え方は、人との出会い、知識、経験が重なる中で変わり得ます。ドラマ第5話の迷いは、その長い過程を象徴的に描いたものといえるでしょう。人が考えを変えたとき、過去の自分がすべて間違っていたと捉える必要はありません。初めて知った事実によって以前の判断を見直すことも、成長の一つの形です。龍馬の歴史は、そうした変化を学ぶ入口になります。

第5話のテーマ 強い剣と強い国は同じではない

幕末の港町と西洋艦隊を見渡す日本人の青年を和紙と浮世絵風に描いたオリジナルイラスト
日本の外へ視野が広がり始める時代の転換を表現した創作イメージ

道場で強くなりたいと思う龍馬の願いは、決して小さなものではありません。しかし黒船が示したのは、個人の腕前と国全体の安全が別の問題だということです。一人の剣士が勇敢でも、外国艦隊に対処するには情報、技術、兵力の配置、外交交渉など多くの要素が求められます。黒船と剣を並べた題名には、今までの強さの物差しが揺らぐという意味が込められているように思えます。力を持つことと、いつどう使うかを判断することは違います。龍馬の迷いを見ていると、技術や知識そのものを否定するのではなく、目的に合わせて学び直す必要を感じます。

現代にも通じる 続けてきた努力の意味が揺らいだとき

長い時間をかけて身につけた技能が、新しい道具や社会の変化で通用しにくくなることがあります。そのとき、積み重ねた努力は無駄だったのかと落ち込むのは自然です。けれども、方法が変わっても、そこで身につけた忍耐、観察力、人との関わり方まで消えるわけではありません。龍馬が直面したように、自分の目的が「剣に勝つこと」なのか「人や国を守ること」なのかを考え直すと、次の学びが見えてきます。ただし、感動的な変化を求めてすぐ仕事や修業を辞める必要はありません。新しい情報の確かさを調べ、周囲に相談し、小さく試したうえで進路を決める。それが現代に置き換えたときの現実的な受け止め方でしょう。

第6話「松陰はどこだ?」につながる物語

第5話で道場を追い出された龍馬は、続く第6話「松陰はどこだ?」で、どうすれば日本の行く末を考えられるのかという迷いをさらに深めます。佐那は定吉に謝り稽古へ戻ることを勧めますが、龍馬は心から納得できていません。答えを持たないまま、次の出会いを探す姿が描かれます。第4話で剣の腕の差を知り、第5話で国際社会との力の差を知った龍馬。二つの経験を続けて考えると、何を学ぶかだけでなく、何のために学ぶのかという問いが浮かびます。前回の第4話「江戸の鬼小町」もあわせてお読みください。各話のあらすじ一覧から第1話以降も放送順にたどれます。

参考にした資料

夕暮れの船上で、巻物を前に新しい国の構想を考える幕末の志士を描いた創作イメージ

A VISION FOR TOMORROW

海の向こうに、
新しい日本を描いた

誰もが当たり前だと思っていた時代の仕組みを、
問い直す勇気が、未来を動かす。

※ 船中八策に着想を得た創作イメージです
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