『龍馬伝』第27話「龍馬の大芝居」は2010年7月4日放送。龍馬のもとに弥太郎から武市と以蔵の危機を伝える手紙が届き、龍馬は土佐へ戻って吉田東洋暗殺の罪をかぶろうと考えます。NHKのあらすじと武市・以蔵の史実を分け、幼なじみを救いたい龍馬の決断を読み解きます。
第27話「龍馬の大芝居」の放送日とあらすじ
『龍馬伝』第27話「龍馬の大芝居」は2010年7月4日に放送されました。勝海舟の海軍操練所が閉鎖され、行き場を失った龍馬は薩摩の西郷吉之助から援助を受けるか悩みます。そんなとき溝渕広之丞が土佐から岩崎弥太郎の手紙を届け、武市半平太と岡田以蔵の危機を伝えます。龍馬は幼なじみを救うため、ひそかに故郷へ戻ることを決意します。
この回の龍馬は、技術を身につけた仲間をどう生活させるかという責任と、土佐の友をどう救うかという感情の間で揺れます。海軍操練所が閉鎖されたあとも航海術を活用する道を見つけなければならず、次の行き先を決めるには慎重な話し合いが必要です。しかし、故郷から届いた手紙を読んだ瞬間に、その順序が変わってしまうところに物語の緊迫感があります。
薩摩の援助をためらう理由
薩摩は操練所で技術を学んだ若者たちを引き取る可能性を示していました。仕事を失った仲間の暮らしを守るには貴重な機会ですが、龍馬には禁門の変で長州と戦った薩摩をすぐに信じられない気持ちがあります。海軍技術を生かしたいという現実の必要と、日本人同士が争う状況への反発がぶつかるのです。誰かから援助を受けることは、その人や組織のすべての方針に同意することなのか。
ここで注意したいのは、薩摩藩と長州藩の関係が後に薩長同盟へと変わることです。後世の結果を知ると、龍馬が初めから両藩を結びつける計画を持っていたように思いがちですが、当時の敵対と不信は深刻でした。龍馬の気持ちが直ちに整理できないという表現は、むしろ長州側の被害や京都の戦火の記憶を考えると理解しやすくなります。
伏見の寺田屋で情報を集める
龍馬は薩摩について知るため、伏見の船宿・寺田屋にいる女将の登勢へ話を聞きに行きます。寺田屋は薩摩藩関係者も利用した宿であり、人の往来を知る登勢は貴重な情報を持つ人物です。大きな判断の前に、一人の有力者だけを頼らず、違う角度から情報を集める姿勢が見えます。ただし登勢が実際にどう答えたのか、龍馬とこの順序で面会したのかは、脚本の場面と史料を区別して読む必要があります。
大坂の大和屋で見える仲間の生活

近藤長次郎の妻・徳がいる大和屋では、龍馬たちのその後の生活が心配されています。海軍操練所で得た航海術を仕事にするには、船と資金、取引先が必要です。脱藩した若者だけでそれらを用意するのは簡単ではありません。薩摩の力を借りれば道が開くかもしれない一方、藩に従属して自由を失う恐れもあります。龍馬ひとりの理想だけでなく、仲間とその家族の暮らしまで考えることが重要になってきました。
溝渕広之丞が弥太郎の手紙を届ける
大和屋に溝渕広之丞が訪れ、岩崎弥太郎からの手紙を龍馬へ渡します。NHKの公式あらすじでも、龍馬がその手紙で武市と以蔵が厳しく追及されていることを知ると紹介されています。離れた土佐の情報を得るには、人づての手紙が大切な手段でした。幼なじみが命の危機にあると知った龍馬の心は大きく揺れます。なお、この手紙の文言や届け方の細部が史実で確認できるわけではありません。
当時、現在のように電話でその場の情報を確かめることはできません。人づての書状には時間がかかり、受け取った側は送り主の意図や情報の正確さも考える必要があります。弥太郎からの知らせは龍馬にとって重大でしたが、急いで動けば状況を悪化させる可能性もあります。ドラマでは友人への思いが決断を押し出しますが、史実の手紙が存在するかどうかとは分けて確認する必要があります。
武市半平太と岡田以蔵の史実
武市は土佐勤王党の中心人物として1863年9月に投獄され、1865年の閏5月に切腹を命じられました。高知市の文化財案内は、武市の旧宅と墓を紹介し、その処分の経緯を記しています。岡田以蔵も政治的暗殺に関わった末に捕縛され、武市と同じ日に斬首されたことが坂本龍馬記念館で説明されています。投獄と処刑は確認できる史実ですが、劇中の取り調べでの台詞や苦しみの描写がすべて記録にあるとは限りません。
龍馬が密かに土佐へ帰ろうとする
龍馬は武市と以蔵を助けたい一心で、溝渕の手引きによって土佐へ戻ろうと決めます。脱藩者が藩内へ潜入すれば、本人だけでなく家族も危険にさらされる可能性があります。それでも故郷で過ごした仲間を見捨てられない気持ちが強かったのでしょう。しかし実在の龍馬がドラマと同じ計画で帰郷したという確かな資料は今回確認できていません。友を救いたい思いを示す脚本上の展開として紹介します。
吉田東洋暗殺の記録を探す

龍馬は弥太郎へ、吉田東洋暗殺に関わる記録を入手してほしいと頼みます。東洋は1862年に土佐で殺害された実在の藩政改革者です。ドラマの龍馬は、犯人だけが知る情報を手に入れて自分が下手人だと名乗ろうと考えていました。この計画が第27話の題名である「大芝居」に結びつきます。しかし史実の東洋暗殺事件と、龍馬が記録を使って罪をかぶろうとする筋は別です。
実際の東洋暗殺は1862年旧暦4月8日、土佐城下で起きた事件です。高知市の歴史案内や武市半平太の旧宅・墓の説明は、土佐勤王党が政治的な立場を強める転機になったと紹介しています。第27話の龍馬は、この実在の事件へ自分を結びつけようとします。しかし、のちに龍馬が東洋を殺したという記録が定説になったわけではなく、むしろ脚本の核心をなす創作の仕掛けと整理すべきです。
兄・権平に離縁を頼む意味
龍馬は兄の坂本権平に、家との縁を切ってほしいと願います。自分が大きな罪を負えば、家族が責任を問われかねないと考えたためです。江戸時代の武士の行動は、家の立場にも強く影響する場合がありました。龍馬は家族を守ろうとしますが、乙女や権平から見れば大きな悲しみです。大切に思う人のためにした選択でも、本人の希望と周囲の感情が一致するとは限らないことが分かります。
坂本家にとっては、龍馬が大きな罪を引き受けて家とのつながりを断てば、それで万事解決するとは限りません。身分や家の名誉を重く見る当時の社会では、すでに家族であった事実まで消すことはできないからです。家族を守ろうとする方法が必ずしも相手の望みと一致しない点は、龍馬の善意だけでは片づけられません。作品の家族場面を、決断の影響が周囲へ広がるものとして読みたいところです。
後藤象二郎に自分が犯人だと告げる
龍馬は後藤象二郎の前へ出て、吉田東洋を殺したのは自分だと名乗ります。しかし後藤は東洋が龍馬を評価していたことを知り、容易には信用しません。龍馬はさらに芝居を続けようとします。劇中の二人の対決は迫力がありますが、龍馬が実際に東洋暗殺の犯人を名乗ったという直接の史料は確認できません。歴史上の龍馬と後藤は後に大政奉還をめぐって協力するため、両者の関係を一生変わらない敵同士とするのも適切ではありません。
大芝居を史実として紹介してよいか

東洋暗殺、武市の投獄、以蔵の処罰は実際に起きたことです。一方、龍馬が自ら罪をかぶろうとしたことはNHKのドラマにおける筋書きであり、事実として扱う根拠は確認されていません。歴史記事では、作品に心を動かされた場面と、歴史資料で裏づけられたことを混ぜないようにします。脚本家が龍馬にこの行動を取らせた理由を考えると、仲間への情と歴史の流れを変えられない苦しみを描く狙いが見えてきます。
友人を助けるという責任
苦しむ友人を見て、何もできない自分が許せないと感じることがあります。しかし、自分が危険を引き受ければ必ず相手を救えるとは限りません。龍馬の大芝居は友人への思いを表す一方、家族や周囲の人を巻き込む危険も持っています。誰のために行動し、他にどんな方法があるか、結果として何が起こるか。感情が強いときほど考えておきたい問いです。現代と幕末の身分制度は違うことにも注意が必要です。
第28話「武市の夢」へ続く道
第28話では、龍馬の行動をきっかけに山内容堂が武市の牢を訪ね、武市が自分の進む道を決めます。第26話「西郷吉之助」では、薩摩の庇護と海軍操練所の閉鎖を詳しく解説しました。全話のあらすじ一覧から、龍馬が出会った人々と歴史の流れを放送順に確認できます。
続く第28話では、武市が山内容堂と向き合い、自分の政治活動を振り返りながら最期の決断へ進んでいきます。龍馬の大芝居がすべてを解決するという都合のよい結末ではなく、どれだけ努力しても救えない命があるという重みが描かれます。この流れを通して読むと、龍馬が海軍の仲間へ戻って新しい仕事を始める理由にも別の意味が見えてきます。






