『龍馬伝』第18話「海軍を作ろう!」は2010年5月2日放送。坂本龍馬と近藤長次郎は大坂で勝塾の仲間を集め、沢村惣之丞を誘います。一方、武市半平太は将軍・徳川家茂へ攘夷を約束させようと動き、山内容堂は土佐勤王党の分裂を図ります。海軍の人材集めと政治の駆け引きを、史実とドラマに分けて解説します。
第18話「海軍を作ろう!」の放送情報
2010年5月2日に放送されたNHK大河ドラマ『龍馬伝』第18話の正式タイトルは「海軍を作ろう!」です。坂本龍馬役を福山雅治さん、勝麟太郎役を武田鉄矢さん、近藤長次郎役を大泉洋さん、沢村惣之丞役を要潤さんが演じます。武市半平太や山内容堂の対立も一層深まり、海軍をつくる龍馬たちと政治の主導権を争う土佐の人々が対照的に描かれます。大きな構想を持つだけでなく、人材を集める実務が始まる回です。
勝塾の仲間を集める龍馬と長次郎
勝の弟子となった龍馬は、近藤長次郎とともに大坂へ向かいます。神戸に海軍の施設が整うまで、勝の私塾で学ぶ仲間を増やすためです。志を語ることと、実際に人を集めて一つの仕事を始めることは異なります。誰に声をかけ、何を学び、どんな役割を担ってもらうか。龍馬たちはその難しさに向き合います。海軍と聞くと軍艦だけを想像しますが、船を動かす技術や知識を持つ人を育てることが欠かせないのです。
沢村惣之丞との思いがけない再会
大坂で仲間を探している龍馬は、土佐から一緒に脱藩した沢村惣之丞と再会します。NHK公式あらすじでは、龍馬が沢村を誘い、勝塾の仲間に加えることが中心的な展開として紹介されています。故郷を出た当初の二人は、具体的な行き先や将来の仕事が完全には見えていませんでした。ところが勝と出会った龍馬は、海軍という学びを沢村へ伝えることができます。新しい仲間を加える際には、情熱だけでなく共通の目的を共有することが重要だと感じられます。
勝海舟が海軍をつくろうとした理由
勝は外国船の技術と軍事力を見て、日本にも海軍の育成が必要だと考えました。船を動かす人、機械を扱う人、補給や航海の知識を持つ人を長い時間をかけて育てなければ、軍艦だけを買っても十分に役立ちません。高知県立坂本龍馬記念館によると、勝は幕府から大坂湾周辺の海防を命じられ、その一環として神戸に海軍操練所を設けました。龍馬も勝に同行し、操練所に併設された私塾で学ぶことになります。
神戸海軍操練所と大坂の勝塾は同じか

神戸海軍操練所は幕府の事業として整えられた海軍教育の施設で、勝の私塾には幕府の役人だけでなく脱藩した若者や諸藩の人材が集まりました。大坂で仲間を集める活動と、後に神戸で海軍教育を進める活動はつながりますが、名称や組織の性格は同じではありません。文化遺産オンラインに残る「神戸海軍操練所碑文稿」は1864年の記録です。第18話の時点で、のちの操練所がすでに完成していたと説明するのは正確ではありません。
沢村を誘うことにどんな意味があったか
沢村惣之丞は龍馬と土佐を離れた仲間であり、志を持つ一方で自分の行き先を探していました。勝塾に入ることは、藩や身分の違いを越えて学ぶ機会になります。もちろん実際の入門の時期や手続き、誘ったときの詳しい会話は資料を確認しなければ断定できません。ドラマでは旧友との再会が、志を個人の夢から仲間との仕事へ広げる象徴として機能しています。一人だけでできないことを誰かと分担するために、同じ方向を向く仲間が必要なのです。
京都では徳川家茂が上洛する
龍馬たちが海軍の仲間を集めるころ、江戸幕府の第14代将軍・徳川家茂は京都へ上洛します。幕府と朝廷の関係が大きく揺れていた時期で、尊王攘夷派は将軍に外国を追い払う期限を約束させようとします。ドラマでは武市半平太も、その政治的な動きを実現させようと活動します。海軍をつくることも、外交の方針を決めることも、外国との関係にどう向き合うかという大きな問題につながっています。ただし二つは同じ答えではなく、政治的な考えの違いが表れます。
武市半平太と山内容堂の対立
武市は尊王攘夷の実行を求め、土佐勤王党の同志をまとめてきました。一方、山内容堂は藩主経験者として藩の運営や幕府との関係を考え、急進的な運動に強い警戒を示します。NHKの第18話あらすじにも、容堂が武市の動きを抑えるため勤王党を分裂させようとする展開が書かれています。政治の立場によって、同じ土佐の人々が互いに疑い合う様子は、国の枠を越える人材育成を願う勝の姿と対照的です。
容堂が勤王党の分裂を狙う筋
ドラマでは、容堂は土佐勤王党の仲間を海軍の訓練へ参加させることを通じて、武市の組織を揺さぶろうとします。龍馬から見れば、自分の知る仲間が学びに来てくれたことは素直にうれしい出来事です。しかし政治の駆け引きが背景にあると、本人たちの希望と上に立つ人々の思惑は一致しません。人を一つの組織から別の場へ移すことが必ずしも悪いとは限りませんが、当事者の意思が尊重されているかどうかが大切です。
平井収二郎にも迫る政治の影
武市の側近である平井収二郎も、容堂と武市の対立の中で難しい立場になります。龍馬の友人であり平井加尾の兄でもある収二郎は、政治的な仕事と家族の関係の両方を抱えています。ドラマは組織の内部に亀裂が入り始める過程を描き、後の「収二郎、無念」へつながっていきます。実際の収二郎の処罰という史実がありますが、その前に誰がどんな策略を立てたかという詳細のすべてが脚本通りだったとは限りません。
岡田以蔵へ勝海舟の暗殺を命じる武市
第18話では、武市が岡田以蔵に勝海舟を斬るよう命じる展開が描かれます。勝は外国の技術を取り入れようとする幕府の役人であり、急進的な攘夷派には反対する立場の人物と映ることがあります。ところが龍馬は勝の考えに学び、海軍の仕事を始めています。同じ土佐で育った者たちが、政治の目標の違いによって互いの命を脅かす位置に立ってしまうのです。暗殺命令の具体的な経緯はドラマの筋として扱い、史実の検証を要します。
岡田以蔵は勝の用心棒になる
NHKの作品紹介によれば、劇中では武市に勝を斬るよう命じられた以蔵を、龍馬が勝の用心棒にするという展開になります。剣の腕を人の命を奪うために使うのか、それとも守るために使うのか。ドラマは同じ技量でも目的によって意味が変わることを示します。以蔵の生涯には実際の暗殺事件との関わりがありますが、この回の会話や具体的な場面をそのまま当事者の証言として紹介すべきではありません。作品から倫理的な問いを受け取り、歴史資料は別に確認する姿勢が必要です。
海軍の仕事が龍馬の人生にもたらしたもの
龍馬は土佐の身分の壁を越えることに悩み、江戸の道場で剣を学び、黒船に驚いた青年でした。その後、勝という師に会い、海軍教育という具体的な活動を始めます。今までの経験を無駄にするのではなく、新しい仕事に役立てようとしているのです。海軍で学ぶことは、後に亀山社中や海援隊で船や交易に関わるための土台になります。ただし、そこへ至るまでには人や資金を集める苦労もあり、個人の思いつきだけで大きな仕事が完成するわけではありません。
史実の神戸海軍操練所はいつ開所したか
文化遺産オンラインによれば、神戸海軍操練所は1864年に開所し、勝海舟がその指導に関わりました。しかし禁門の変後に勝が罷免され、1865年には閉鎖されることになります。第18話で語られるのは、その施設が整う以前の人材集めと構想の時期です。歴史上の結果を知っていると、最初から順調に完成したように感じるかもしれません。実際には政治の変化で学びの場が続かなくなるという困難もありました。
第19話「攘夷決行」につながる動き
第18話で朝廷と幕府の関係が緊張し、武市と容堂の対立が深まったことが、次の「攘夷決行」につながります。第17話「怪物、容堂」では龍馬が海軍へ進む決心を示しました。全話一覧からも物語をたどれます。海軍教育の史実を知りたい方は龍馬と勝海舟の人物記事も参考になります。






